ごきげんさまです。感護師つぼ(Twitter)(Threads)です。
看護師の可能性を拓くのに、すでに新しい道を切り拓いている方々の活動を知ることが第一歩だと思っています。
昨日、パラアスリートの中川もえ選手を取り上げました。今回はデフアスリートの堺選手を取り上げます!
なんと、50メートル走で銀メダルを取得しただけではなく、砲丸投げでも日本4位の記録を持つ多彩なアスリートです。そしてアスリートであるだけではなく、公益財団法人日本パラスポーツ協会の「障がい者スポーツ指導者」の顔をもつ本当に、いろいろな可能性をみせてくれる男性看護師で、大好きな仲間の1人です♪
写真は本人より提供
堺 洸樹(さかい こうき)
【所 属】別府大学
【専 門】陸上50メートル、砲丸投げ、障がい者スポーツ指導者
【資 格】看護師、障がい者スポーツ指導者、精神保健福祉士、社会福祉士
【実 績】
2022年 第22回全国障がい者スポーツ大会(いちご一会とちぎ大会)50m走第2位、砲丸投げ第4位
キャリア:耳が聞こえなくても夢は叶う:デフアスリート看護師 堺洸樹さんの挑戦
堺洸樹さん。彼は先天性の聴覚障害を持つ看護師であり、同時にデフアスリートとしても活躍する注目の若者です。
2022年10月30日、コロナ明け4年ぶりに開催された全国障害者スポーツ大会いちご一会とちぎ大会で、50メートル走で銀メダルを獲得した堺さんの物語は、障がいを乗り越え、二つの夢を同時に追いかける勇気と決意に満ちています。
看護師への道
堺さんが看護師を志すきっかけは、彼の聴覚障害という個性にありました。小学校5年生の時、聾学校で早期の進路決定を促されたことがきっかけとなります。看護師であった母親の影響も大きく、「男性看護師の恰好よさを伝えられ続けたので、もはや洗脳です」と笑顔で語る堺さん。現在は施設ナースとして働きながら、精神保健福祉士と社会福祉士の資格取得を目指して大学に通っています。
アスリートとしての挑戦
堺さんの陸上競技との出会いも小学5年生の時でした。大分別府マラソンのコースが自宅前だったことがきっかけで走り始めました。中学生になると短距離走の才能が開花し、国体補欠選手にまでなりました。しかし、聴覚障害によるスタートの不利を感じ、障害者スポーツの世界に活路を見出します。中学3年生で国体選手となり、その後も活躍を続けています。 指導者としての顔 堺さんは現役選手としてだけでなく、公益財団法人日本パラスポーツ協会の「障がい者スポーツ指導者」としても活動しています。「残存能力を最大限に活かして、創意工夫をする」という障害者スポーツの視点が、堺さんの看護観の土台にもなっています。
未来への展望
「今後はスポーツ指導員として自分と同じように障がいを持つ子どもたちへ指導をしていきたいです」と語る堺さん。自身の経験から、「子ども達にも競技を通して自信を持ってほしい」と願っています。 堺さんの言葉 「今回の大会は今までの競技人生で一番納得のいく成績を出すことが出来ました。自分自身、障がいを持っていることで自分に自信を持てない時もありましたが、陸上競技でメダルを取ることが自信になりました」 結び 堺洸樹さんの物語は、障がいがあっても夢を追い続けることの大切さを教えてくれます。看護師として、アスリートとして、そして指導者として、多方面で活躍する堺さんの姿は、多くの人々に勇気と希望を与えています。