ごきげんさまです。感護師つぼです。
看護師の可能性を拓くのに、すでに新しい道を切り拓いている方々の活動を知ることが第一歩だと思っています。
五十音順で【ル】になりました。著名な若草物語の作者である【ルイーザ・メイ・オルコット】さんを今回はとりあげます。
2020年には再び映画化し、エマ・ワトソンも出演した作品「ストーリー・オブ・マイライフ 私の若草物語」がアカデミー賞受賞しているので、名著としてだけではなく最近の作品としても知っている方も多いと思います。
看護師経験がある作家の中で、アガサ・クリスティーと双璧をなす方です。南北戦争の際に、看護師として奉仕活動していました。この経験が作品に活かされているので、幼少の頃に触れた若草物語を改めて、看護の視点をもってよみかえしてみても面白いです。
ルイーザ・メイ・オルコット
【肩書】小説家
【出 身】ペンシルベニア州フィラデルフィア
【臨 床】ユニオン病院(ワシントンDC ジョージタウン)
【専 門】フェミニズム・奴隷解放・小説家
ユニークキャリア
若草物語と切っても切り離せない時代背景として南北戦争があります。ルイーザ・メイ・オルコット が、29歳の時1861年に南北戦争が勃発しました。南北戦争をきっかけに30歳から31歳の時に、ユニオン病院で看護師として奉仕活動をしました。
※看護師の資格が、アメリカで正式になったのは、1905年にカリフォルニア州で登録看護師として名乗ることに罰則規定が生まれてからです。看護師の資格が確立される前の話です。
3か月間の奉仕期間の予定が、腸チフスに罹患したために半分の6週間で終了したということです。腸チフスの治療に水銀治療を用いられていたということで、彼女が55歳と短命だった原因に水銀治療があったのではないか?と医療史の影の治療法に影響を受けたことは大変悲しいです。
ただ、神様は、彼女だからこそ、水銀治療の苦しみを味合わせたのかと思うぐらい、作品に痛みや幻覚などの苦しみを活かしています。
オルコットは、現代のアメリカ女性の強さを作り上げたともいわれ、フェミニズムの先駆者ともいわれていて、彼女自身が研究対象にもなっていますし、彼女の作品は文学作品としても研究対象になっています。なので、専門的な部分は専門家に任せて、今回のブログはあまり取り上げられない、「オルコットは看護師」という点の紹介にして、今後はオルコットの看護師視点を見つけ出したら紹介していきます。
看護師とXを両立するには?
看護師しながら、他に何かをやることなんて出来ない!
よく耳にする言葉ですが、ユニーク看護師キャリア図鑑で紹介している人々がすごいで終わらせることはもったいないです。彼ら彼女らが活動できた背景として、柔軟な対応が出来る職場であるということがあります。
現在の職場内で新しく柔軟性をもってもらう選択肢もありますが、柔軟な職場の方に飛び込むという選択肢を活用するのも大切です。
看護師の口コミも大切ですが、キャリアエージェントに柔軟な職場環境を就職する前に交渉してもらうことも重要です。
そして、転職する際には、転職お祝い金があるところを活用すると、転職してから給与が支払われるまでの期間のお金の収入と支出のバランスをとることができます。