ごきげんさまです。感護師つぼ(@cango_shi)です。
看護師の可能性を拓くのに、すでに新しい道を切り拓いている方々の活動を知ることが第一歩だと思っています。
現役の看護師登山家として、渡邊直子さんを以前紹介させて頂きましたが、渡邊直子さん以前に看護師登山家として有名だった方として河野千鶴子さんがいらっしゃいます。河野さんは、子育てがひと段落してから、20代の時の趣味だったハイキングから山登りへとレベルアップさせていって登山家として有名になられました。キャリアの区切り方、新しいキャリアの挑戦を知るのにステキな方です。
河野 千鶴子(こうの ちづこ)
【所属・肩書】登山家
【臨 床】鹿児島県立鹿児島保養院
国立京都病院
日本大学医学部付属板橋病院
【経 験】日本勤労者山岳連盟 理事
東京都勤労者山岳連盟練馬山野会会長
岳夢舎楽(がむしゃら)代表 ネパールの子どもたちに学校建設プロジェクト
2男1女の母
【資 格】看護師、助産師
【専 門】登山、助産
【記 録】2006年 マッキンリー(6194m)
2010年 シシャパンマ中央峰(8008m) 63歳 同行シェルパ2名同一文献で63歳または64歳とする記載あり)
2002年 タシカンI峰(6386m)55歳 4人の登山家と登頂、未踏峰制覇
2011年 ガッシャーブルムI峰(8068m)
2003年 チョ・オユー(8201m)56歳 同行シェルパ2名
2005年 アコンカグア(6959m)
2006年 ヴィンソン・マシフ(4897m)
2008年 キリマンジャロ(5895m)
2010年 マナスル(8163m)63歳 同行シェルパ2名
2006年 コジオスコ(2228m)
2004年 エベレスト(8848m)57歳 同行シェルパ3名、2010年 ワイナポトシ(6088m)
ユニークキャリア
子育てがひと段落した50歳に、20代の時の趣味だったハイキングを再開。偶然知り合った方のお誘いから登山を開始する。本格的に登山を開始した理由は、夫婦喧嘩の憂さ晴らしだというので、本当にきっかけというものは身近なところにいろいろあって、それを活かすのも殺すのも人それぞれだということが河野さんから教えて頂きます。
53歳で初めて海外登山を経験して、毎年の様に海外登山を繰り返して、57歳の時にエベレスト登頂ということです!さすがにエベレストの前は、専念するために23年間やっていた看護師を退職して、その退職金をエベレスト遠征登山費用にあてたというのだから、実質登山を開始して数年で日本を代表する登山家になっていきました。まるで、80歳で最高齢エベレスト登頂した著名な登山家の三浦雄一郎さんのお話をきいているかのようですが、実際に三浦雄一郎さんのトレーニング方法をまねて、両足に重りをつけて歩くとか、それ以外に10キロの重りを背負って家事をするなど、どこでも自分のやりたいことに繋げるということを河野さんから学べます。
「~~のママ」とか「~~さんの奥さん」とか付随するものではなく、一人の人として取り扱ってもらえるようになるために、単独登頂にこだわって山登りをされてきた河野さん。生き方全てから本当にいろいろなものを学ばせてもらえます。
キャリアは任せるものじゃなく、切り開くもの
看護師紹介会社のキャリアコンサルタントに相談すると、どうしても決まった看護師キャリアの紹介になってしまいます。新しい道を切り開くには、自分自身の分析なども大切になってきます。紹介会社とは独立したところでキャリアコンサルティングを受けることは看護師にとっても大切な時代に突入しました。
まずは、無料キャリアコンサルティングを受けてみてはいかがでしょうか?
看護師とXを両立するには?
看護師しながら、他に何かをやることなんて出来ない!
よく耳にする言葉ですが、ユニーク看護師キャリア図鑑で紹介している人々がすごいで終わらせることはもったいないです。彼ら彼女らが活動できた背景として、柔軟な対応が出来る職場であるということがあります。
現在の職場内で新しく柔軟性をもってもらう選択肢もありますが、柔軟な職場の方に飛び込むという選択肢を活用するのも大切です。
看護師の口コミも大切ですが、キャリアエージェントに柔軟な職場環境を就職する前に交渉してもらうことも重要です。