ごきげんさまです。感護師つぼ(@cango_shi)です。
看護師の可能性を拓くのに、すでに新しい道を切り拓いている方々の活動を知ることが第一歩だと思っています。
昨日、アンナ・カバレ・デュバさんを取り上げさせて頂いて、世界に視野を広げました。
ユニーク看護師 第1回世界看護賞優勝者 アンナ・カバレ・デュバ(ケニア) – 看護師キャリア図鑑 (cango.blog)
時代が違ったら世界看護賞を受賞した人。ナイチンゲールはもちろんのことたくさんいます。ナイチンゲールのことは書きたいけれど、書きたいことが多すぎて、なかなかかけないので、ナイチンゲールが育成した看護師の中で最良と言われたアグネス・エリザベス・ジョーンズさんを今回取り上げます!彼女も間違いなく、現在に生きていたら世界看護賞を受賞しただろう人です。
アグネス・エリザベス・ジョーンズさんは、英国中の救貧院での看護師トレーニングシステムへの道を開いただけではなく、社会改革者のエヴァ・マクラーレンに影響を与えた人とされています。
ユニーク看護師 第1回世界看護賞優勝者 アンナ・カバレ・デュバ(ケニア) – 看護師キャリア図鑑 (cango.blog)
アグネス・エリザベス・ジョーンズ(1832 – 1868)
【肩 書】
【出 身】ナイチンゲールスクール
【臨 床】警視リバプール 労役場診療所、リバプール救貧院診療所、ロンドングレートノーザン病院か
【資 格】看護師
【専 門】看護、社会起業家
「他の人が手を抜いた分まで、彼女は働きすぎた。イギリスで最も価値のある人生を送った人だと思う」
ナイチンゲールから彼女が亡くなった時にもらった言葉
ユニークキャリア
アグネス・エリザベス・ジョーンズは、看護のパイオニアであり、フローレンス・ナイチンゲールの最良の弟子とも言われています。彼女の看護師としてのキャリアは、家族と一緒にヨーロッパで休暇を過ごしているとき、カイザースヴェーツ研究所(ナイチンゲール縁)の女執事に感銘を受けたことから始まりました。彼女はボンの施設を訪れ、病院、孤児院、亡命者、そして女執事が運営する2つの学校を見学しました。その後、アイルランドに帰国し、得た経験を活かしました。
1859年にロンドンに移り、フローレンス・ナイチンゲールと聖トーマス病院の上級看護師サラ・E・ウォードロッパーと連絡を取りました。ナイチンゲールはジョーンズについて、「魅力的で豊かで若くて機知に富んだ女性でありながら、神の天才以外の天才によって区別されない、覆い隠された静かな女性」と評価しました。
1862年、アグネス・ジョーンズはロンドンのセントトーマス病院のナイチンゲールスクールで看護師のトレーニングを開始しました。彼女の1年間の訓練が終わったとき、ナイチンゲールは彼女を「最高で最愛の生徒」と称えました。しかし、彼女の最大の仕事はまだこれからであり、リバプールにその舞台が設けられました。
アグネス・エリザベス・ジョーンズの物語は、看護師としての情熱と献身を示す素晴らしい例です。彼女の功績は、今日の看護師たちにもインスピレーションを与えています。
ちなみに、彼女の家系というか、叔父さんであるジョン・ローレンス卿はインド総督になるような方でした。